多神教旅行記
世界遺産 The world heritage 釈尊の聖地を巡礼「インド・ネパールの仏陀遺跡」?バナーラシー(ベナレス)(by koiさん)
私がガンジス川のバナーラシーに行きたくなったのは、山折哲男先生の「太陽が東から上がり、西に沈む」という他界感の話を聞いてからであった。それ以来どんなところなのか写真や資料を読んだりしていたのである。今回その願いがやっとかなえたのである。
釈尊(ブッダ)がたどった仏跡巡礼地は、「四大聖地」としてルンビニ(生誕地)・ブッダガヤ(成道の地)・サールナート(初転法輪の地)・クシーナガラ(涅槃の地)がある。
また、これにラージギル(王舎城の竹林精舎)・ヴァイシャリー(広厳城)・シュラーバスティー(舎衛城の祇園精舎)・サンカーシャを加えた「八大仏跡地」がある。
私は,今回以下の仏跡地を一人で巡ってきた。以下は、その巡礼記録である。
2001年
4.29 日本〜デリー
4.29 デリー〜バナーラシー〜ブッダガヤ
4.30 ブッダガヤ
5.1 ブッダガヤ
5.1 ブッダガヤ〜バナーラシー
5.2 バナーラシー
バナーラシー(ベナレス)は、ガンジス川の沐浴場で有名ですが、ここはヒンドゥー教の聖地であるので仏教そのものは見られません。
特に火葬が行われているマニカルニカ・ガード付近は、何故か殺気立っています。我々日本人が近づくには大変危険な場所であります。なるべく船から見学することをお奨めします。
この周辺には、ヒンドゥー教の寺院が沢山ありますが信者でないと中に入る事が出来ません。インド人の夢は、このガンジス川のバナーラシーにきて死を迎えて荼毘に付されるのが最高の生き方のようで死を間近に控えた人達がこの地に沢山来ています。
■私とヴァラナシーの出逢い
ブツダガヤからの長距離ドライブのあと、やっとヴァラナシーのホテルについた、するとカウンターで添乗員にメッセージが届いているとメモがわたされた。すると添乗員は、私の会社の世話できた日本の学生が4日間何も食べずにホテルで下痢を繰り返し今日デリーから帰国なのに動けないということであった。この為にすぐ病院に連れて行かなければならないので1人でリキシャに乗ってガンガーへ見学に行ってほしいということになった。そして明日早朝ガンガーで船に乗り見学するので8時にホテル出発という事をつげて行ってしまった。私1人のお抱え添乗員なのに・・・。よほど大変なことになっていたのであろう。
仕方なくホテルの従業員にリキシャを手配してもらいガンガーへと向かった。しかしリキシャのおじさんがガリガリで70歳位だったので中々前に進まないのです。後ろからすいすいと抜かされていくのにです。踏切をわたりいよいよ賑やかな街中に入ってきました。およそ40度位の暑さだったでしょうか、リキシャの老人が「ちょっと待ってくれ」という汗びっしょりでジェスチャー。何をするのかなと見ていると道路脇に大きな壺が置いてあってその水をすくって飲んでいたのである。お金を払っていなかったので誰が飲んでも良い水だったのでしょう。しばらくすると車と自転車と牛と牛の糞それに人間がもうぐちゃぐちゃになりラッシュアワーの状態になりました。リキシャの後ろに座っているのですが車のクラクションと人の叫ぶ声それに両側の店や屋台のおいしそうな臭いが漂い、時々ヒンドゥー教の小さい寺院の祠がありお参りするインド人の姿が沢山見られました。
リキシャを降りると銃を肩にかけた警官が数名いました。何かあったのかなと思いながら歩いていると老人の物乞いや屋台の親父さんに呼び止められましたが、一目散に長い階段を下りてガンガー目指して降りて行きました。
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中国沿岸紀行−台湾・台南で見た媽祖の祭?(by Yunnanさん)
92年2月6日に、台湾の台南市で催された媽祖の祭を見に行きました。その様子を5回に分けて報告します。媽祖の祭?は、台南市内にある大天后宮という大きな道教の廟を見せてもらいましたので、その廟を中心に、台湾の人びとの暮らしの一端を垣間見ました。
調査者 菅原壽清
調査地 中国雲台湾台南・高雄
調査目的 駒澤大学・台湾の人びとの道教及び仏教に関する調査研究
指導 窪徳忠先生
調査期間 1992年2月5〜8日
2月5日(金) 羽田発08:50中華航空 →台北→ 午前航空機にて高雄へ移動
高雄着13:10 107/191
到着後、専用バスにて高雄から台南市へ移動
高雌発13;03専用バス 台南市役所訪問。
台南着14:30 (台南大飯店泊)
6日(土) 台南市滞在、終日。台南市内道教廟及び道教行事の参観(台南大飯店泊)
7日(日) 台南発10:00専用バスにて高雄市へ移動。
高雄着12:00高雄の仏教寺院見学 (華王大飯店泊)
8日(月) 高雄発14:35中華航空→中華統空にて台北へ
台北発→成田着21:10
2006年夏フランス・すべての道はオータンに通ず(1)(by コクリコさん)
近頃、コクリコの周辺ではロマネスクブーム。
今回、コクリコ妹とワカの2週間のフランス滞在で、パリも見る所たくさんあるし、小旅行も2回はしたいし・・・とあれもこれも欲張ると行ける範囲が限られる。
団体旅行なら2週間もあれば、かなり多くの場所に行けるんだけど個人旅行なのでムダな時間が多いのです。
コクリコ夫やコクリコの知人、友人みなロマネスクの聖堂や教会を訪ね「良かった!」を連発。
「せっかくボーヌまで行くんなら、オータンまで足を延ばした方が良いよ」
「オータンで1泊してもボーヌもディジョンも見られるよ」
「ボーヌまで行ってオータンで『エヴァ(イブ)の誘惑』や『眠るマギへのお告げ』を見なくてどうする!」
たくさんのご忠告をいただきました。
そりゃあ、私だってロマネスクを巡る旅をしたいさ。オータンだけでなく、できればヴェズレ−も、クリュニ−もフォントネーも。
でも交通の便の良いゴシックを巡る旅に比べてロマネスクへの旅は辺鄙な場所ばかり、時間のムダが多すぎるとコクリコ妹やワカに気の毒である。
知人、友人に聞くと、ボーヌからオータンへは何とか行けそう。
それに同じ頃、4トラのトラベラーおでぶねこさんもオータンを訪れると言う。よし、行っちゃえ!
コクリコ「オータンに行ってロマネスクを見ますから良いですねっ!」
妹「オータン? ロマネスク?」
コクリコ「ボーヌまで行ってオータンのエヴァやマギを見ないでどうする!」
妹「行ったことない所ならどこでも良いわよ〜。でも、ブルゴーニュまで来たんだからエスカルゴは食べたいわ!」
ついに、オータンへの道は通じました。
ジュリアス・シーザ−のガリア平定後、継承者アウグストゥスが紀元前15年頃この地に都市を作りました。
「ローマの妹にして好敵手」とまで謳われたオータン。ローマ帝国第2の都市として大いに栄えたと言われています。
オータンの名はロ−マ皇帝アウグストゥスからきているそうです。
かくて『すべての道は(ローマの妹)オータンに通ず』と相成りました!
シルクロード?ペルセポリス(by obaqさん)
イランは世界史の上で、3回、大きな帝国を築いています。
アケメネス朝→BC6〜4世紀 俗に言うペルシャ王国
ササン朝→3〜7世紀 正倉院に宝物をもたらした。
サファビー朝→16〜18世紀 アラブから独立し、言語もペルシャ語に戻した。
そのうちの一番よく知られているのが、ペルセポリスのアケメネス朝の遺跡です。
アイスランド旅行?<滝>(by punchmsさん)
「地球の割れ目とヨーロッパ最大の氷河をめぐる・とっておきのアイスランド8」。JTBツアーに参加して、観光バス利用のアイスランド一周ドライブ旅行(一部、レイキャビクからアクレイリ間は飛行機利用)。自然が大好きな者として、是非、訪れたかった国の一つです。この国への旅行者は少ないらしくて、私達の日程に合う関西出発のツアーがなく、成田出発のツアーに参加しました(昨年は、JTBツアーは催行なしとか)。添乗員は成田から、現地ガイドはレイキャビクから、バス運転手はアクレイリから、総勢17名のバスの旅です。伊丹空港から成田空港まで行き、BA008便でロンドン・ヒースロー空港で乗り継ぎ、アイスランド・ケフラビーク空港へ。帰りは、成田空港から伊丹空港への都合の良い接続便がなく、羽田空港まで出て、伊丹に飛ぶ。数多くの滝が有り、晴れていれば、虹が見えます。
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「宗教信じない」多神教国家・日本の姿
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多神教と一神教
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[メール] 美少女という名の神、多神教の時代。
... 現代とは、ひとつの社会で何柱もの「神」が崇められる、いわば多神教の時代なのではないでしょうか。 それぞれの「神」、それぞれの価値観ははたから見れば奇妙に見えるけれど、しかし、それでも共存していかなくはいけない。 ...
![[メール] 美少女という名の神、多神教の時代。](http://www.j242002.com/styles/images/more.jpg)
多神教とは?
多神教(たしんきょう;polytheism)は、神や超越者(信仰/儀礼/畏怖等の対象)が多数存在する宗教で、一柱の神のみを信仰する一神教との対比のために用いられる語。
一神教と比べると他の信仰に対して寛容であることが多い。また、特定の一神(主神)が最も高位にあると考え、主神を崇拝の中心とするものを、多神教的一神教と呼ぶことがある。
かつて初期の文化人類学などでは、原始宗教やシャーマニズムなどの多神教が発展した頂点に一神教が存在するという進化論的な考えが存在したが、現在では否定されており、宗教の形態に序列はない。多神教は具体的に言うと、日本の神道、中国の道教、インドのヒンドゥー教などが現存する代表例である。
多神教の詳細