スタディオン旅行記

エーゲ海クルーズ写真集【90】古代オリンピックは1500年間続いた(by ソフィさん)

スタディオン
2006年3月12日(日)

大会直前になると、エリスからオリンピアまで50キロ以上を、全選手、役員が行進した。
競技会初日は開会式兼儀式が行われ、最終日は勝者のための宴が丸1日かけて催された。競技は間の3日間で行われた。

競技は第1回からの伝統である192メートル(1スタディオン)の短距離走のほか、長距離走、五種競技、円盤投げ、槍投げ、ボクシング、何でもありのパンクラテオン、馬車競争(戦車競争)などがあった。
少年競技の部もあったが種目は少なかった。

最終種目は武装徒競走だった。
鎧、兜、槍などの全装備をつけて1スタディオンを走って往復する。
馬車競争(戦車競争)では、勝者への冠は御者ではなく、馬車の所有者に与えられた。

女性の参加と観戦は禁止だったといわれるが、多くの異説がある。
少なくとも、エリスの女神官が観戦していたことだけは、確からしい。

女人禁制の掟を破ったものは、崖から突き落とされる(実質的には死刑)というルールであったが、記録に残る限り適用例はなく、象徴的なルールであったとも考えられる。

オリーブの冠を授かった者は、故郷で盛大に迎えられた。
祖国の神殿に像が作られた者もいるし、税が免除されることもあった。
いずれにしても祖国の歴史に永遠に名が刻まれることになった。

しかし、優勝者への過剰な褒章が、大祭の腐敗を生んだ。
祖国が優勝者に支払う報奨金は跳ね上がり、褒章欲しさに、不正を働くもの、審判を買収するものが出て、オリンピア大祭は腐敗した。

ローマによる征服後もオリンピックは続けられたが、キリスト教が広まるにつれ、異教の祭典であるオリンピックは、しだいに廃れていった。
392年以降、キリスト教以外の宗教は禁じられたため、オリンピックも禁じられることになった。

第293回オリンピックは、393年に開催され、これが古代オリンピックの最後とされる。
しかし記録は第285回までしか残っておらず、次第に衰えていったと見るべきなのだろう。

【旅行時期】2006/03/12~2006/03/12
【エリア】オリンピア
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】ソフィ

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